2010年09月05日
沖縄戦跡巡りの旅482
海岸の断崖の中腹にあるガマ
ガマの一番奥は拝所(うがんじゅ/ハイショ)だった。もともとは信仰の場所だったのか?それとも戦没者慰霊の為に建立したのか?このガマの最後は米軍の火炎放射攻撃だった。呻く大勢の負傷兵は一人を除き全員止めを刺された。壕は真っ黒に焼け、燃え残った鉄帽(ヘルメット)と帯革(タイカク:ベルト)と靴だけ纏まとった兵士の裸の死体が折り重なっていたという。
Posted by すぎやんま at 22:26│Comments(0)
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