2010年08月23日

沖縄戦跡巡りの旅427

沖縄戦跡巡りの旅427


炎が這った跡?戦後捨てられたビニールや発砲スチロールが燃えた跡か?よくわからない。もし大戦中に燃えた煤だったら、大勢の負傷兵が焼殺されてそのタールが付着したものか?半月で4個大隊がやられた戦場なのでそうであっても不思議ではないと思う。

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Posted by すぎやんま at 22:54│Comments(4)沖縄戦跡巡りの旅
この記事へのコメント
火炎放射器は重油やゲル化ガソリンを圧縮で放出するので、丁度、中間当たりが黒くなりますね。こちらから面で空気触れる部分が黒いのが火炎放射の放出みたいです。人間の油であれば、細かい部分にもスス上に入り込むので天上状態からそう思われます
Posted by びっと at 2010年08月25日 08:57
 びっとさん
いつもありがとうござます。
壁面が黒くなるうちは、まだやさしい方みたいで、壁面がレンガ化して真っ赤になっている豪もちらほらあります。その上にタールが付着しているような所は多分ご指摘の通りじゃないかな?と思っています。
Posted by すぎやんますぎやんま at 2010年08月25日 14:52
壁面がレンガ化して真っ赤になっている豪もちらほらあります。

というのは 登り窯とおなじ状態ですね
入り口近くに 可燃物があって 手前から、高熱で焼かれて、奥にはその火の勢いが長時間保温状態になっている点です。摂氏1200℃以上の高温で長時間焼かれていたので鉄が酸化して酸化鉄に変化して行きます。陶芸では、酸化還元焔焼成法とは・・・焼成中は窯の中への酸素の供給を一定時間止めて、炎の中に一酸化炭素、水素などを多く発生させ、土器の粘土の中の酸化鉄を化学変化させる方法。 が有りますがその様な状態はとは さぞ、無念だと思います。
 
Posted by びっと at 2010年08月25日 23:22
びっとさん

 焼き物に関する知識はあまりないのですが、その筋の方に伺って教えてもらったところによると「酸化2鉄」という現象なのだそうです。酸素がある状態で900度以上の熱で焼かれると、地中の鉄分が酸化鉄となり、レンガ状になるのだとか。特に地元ではニービと呼ばれる堆積砂岩はプランクトンの死骸=鉄分を豊富に含んでいる為、炎の這ったと思われる跡が生々しい位に赤くなっています。火炎砲戦車を壕に横付けして焼き払うとそうなります。実際にそういう壕に入りましたが、トンネルは真赤。足下はあらゆるものが炭化したような感じで長靴が真黒になりました。兵隊の水筒や飯ごうが溶けて小さく丸まってあちこちにへばり付いているような状態でしたよ。

 
Posted by すぎやんますぎやんま at 2010年08月25日 23:40
 
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