2008年11月24日
沖縄戦跡巡りの旅172
遺骨拾集者の苦悩 EOS5D EF24-105mmF4LIS
落盤した地下陣地の中には沢山の犠牲者が埋まっている。しかし、そこまで到達するのは至難の業である。戦後に行われた土地改良によって大量の土砂が坑道に流れ込み、残された空間は天井まであと僅かを残すのみだ。そこで、土砂を坑道の片側に寄せて遺骨回収用の通路を掘っているのだが、掘れば掘っただけ落石を伴って土砂が流入してくる。これでは切が無い。さてどうした事か?結局ニービ層の頑強な壁面にコンパネ廃材を立てかけ、それをシェルターにして発掘する事になった。コンパネは見る見るうちに埋まってしまったが、中の通行は辛うじて可能である。何だかピラミッドの盗掘団でみたいだ。数m奥には地下陣地の空間が見えてきた。ゴールまであと少し!頑張れ遺骨拾集者!私は腰痛持ちなのでこんなに天井の低い場所には5分と居られない。全く頭が下がる思いである。
Posted by すぎやんま at 00:00│Comments(2)
│沖縄戦跡巡りの旅
この記事へのコメント
杉山さん
ハイサーイです。
返事遅れてすみません。
杉山さんに聞きたい事があってコメントしましたぁ
第32司令軍があった首里城の壕には入口?が三ヶ所まだ残ってると他のblogで見た事があるのですがご存知ですか?
もし知っているのであれば、壊されたり無くなる前に拝見しに行きたいと思っているのですが…ちなみに一ヶ所は民家らしいので、見つかるのかさえも不安ですが。
ハイサーイです。
返事遅れてすみません。
杉山さんに聞きたい事があってコメントしましたぁ
第32司令軍があった首里城の壕には入口?が三ヶ所まだ残ってると他のblogで見た事があるのですがご存知ですか?
もし知っているのであれば、壊されたり無くなる前に拝見しに行きたいと思っているのですが…ちなみに一ヶ所は民家らしいので、見つかるのかさえも不安ですが。
Posted by まった~ at 2008年11月24日 01:30
まった~ さん
ちゅーうがなびら。ちゃあがんじゅうやみせーみ?
園比屋武御嶽石門の東側から円鑑池へと下る道の両脇に残っているのしか行ったことがありません。第一坑道、第二坑道のようですがはっきりとはわかりません。
現場に行ってみると新しい発見がありますよ。私が行くには1600kmの空の旅をしないとならないので行く機会は極端に少ないのですが。
ちゅーうがなびら。ちゃあがんじゅうやみせーみ?
園比屋武御嶽石門の東側から円鑑池へと下る道の両脇に残っているのしか行ったことがありません。第一坑道、第二坑道のようですがはっきりとはわかりません。
現場に行ってみると新しい発見がありますよ。私が行くには1600kmの空の旅をしないとならないので行く機会は極端に少ないのですが。
Posted by すぎやんま at 2008年11月24日 20:47