2008年10月25日

沖縄戦跡巡りの旅146

沖縄戦跡巡りの旅146


 弾痕か?EOS5D EF24-105mmF4LIS
 
 激しい艦砲射撃が止んだ。兵士達は僅かに使える小銃と槍や手榴弾を持って黙々と壕を出てゆく。敵は八重瀬岳と与座岳の中間に広がる丘陵地帯を突破してくる筈だ。ここで食い止めなければ、僅か数百メートル後方にある宇江城の師団指令部も陥落する事になる。しかし、我々に残された武器は極僅かで壕の中は負傷兵と死体で埋め尽くされている。この153高地が陥落するのは時間の問題となった。

 散発的に響いていた銃声はやがて土砂降りの雨のように激しく絶え間ないものになった。「敵襲!」と叫びながら数人の兵士が壕に飛び込むと同時に入口付近で大きな爆発が続けざまに起こり、小石が砕け、舞い上がった土煙で陽光は遮られ、爆風で壕の中の明かりはスッと吹き消された。真っ暗になった壕の中で負傷した少尉が軍刀を抜いて「下がれ下がれ」と叫んだ。兵士達は一斉に奥の壁際まで殺到した。難民の子供がべそをかきながら鍾乳洞にしがみ付いて震えている。(勝手な想像)

 壕内に吹き込んだ硝煙で負傷兵の何人かはゲホゲホとむせていた。壕の直上は敵に占拠されたらしく、ピーンというスピーカーのハウリング音の後、「ニポンノヘイタイサン センソウワオワリマシタ ムダニシンデハイケマセーン デテキナサーイ!」と降伏勧告が始まった。降伏か玉砕か?議論をする事すらタブーであり、狂おしい時間はあっと言う間におわった。アメリカ軍は壕内めがけ工兵爆雷を次々と投げ込んだ。1発、2発、3発....すさまじい大音響と共に、壕口から土煙と一緒に焦げた軍服の切れ端等が舞い上がり、足元がグラグラ揺れた。爆発の衝撃は凄まじく天井は大きく抉られガラガラと崩れた。多くの兵士は爆発の衝撃で何度も鍾乳洞の壁面に叩きつけられて、グチャグチャに潰されり、手足を引きちぎられた。

 その直後、壕の中では所々、ちろちろと小さな炎があがり、煙の充満していたが、奇跡的にも生存者がいた。崩れたガレの中から数百度の爆風で服を焼き払われ、指や耳たぶなどをそぎ落とされて腰のベルトを除いて素っ裸になった兵士が意味不明な叫び声を上げながら立ち上がったのだ。しかし、壕の入口ではタンクを背負った敵兵が前に出て壕の中めがけて火炎放射を始めた。瞬く間に壕の中は火葬場と化しあらゆる有機物が一斉に燃え出した。ガレの中から立ち上がった兵士に二度目の奇跡は無かった。

 火炎放射は交代でなおも執拗に繰り返されたので壕の中は溶鉱炉と化し、ガラス瓶はグニャリと形を崩しアルミの飯盒は溶けて流れ出した。火炎放射が終わる頃、いつの間にか周囲の銃声は収まり、小隊長はよろよろと地べたに座り込んで眉を顰めながら懐から出したウィスキーを口に含んだ。新兵達は壕の周辺に倒れている日本兵のポケットを漁り、軍曹は熱気と陽炎の立ち昇るガマの入口を見て目を細めながらため息をついた。(勝手な想像)

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Posted by すぎやんま at 00:00│Comments(0)沖縄戦跡巡りの旅
 
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