沖縄戦跡巡りの旅440

すぎやんま

2010年08月28日 02:56




 壕の水溜りの中に薬品のビンが沢山沈んでいた。

 このブログの更新で一番悩むのは、キャプションである。場所やガマ名、そのガマにまつわる証言など集めた情報を全てを公開すれば第一級と言えないまでもそこそこの史料価値が生ずると思う。しかし、公開した情報により心無い人が壕に入って荒らす場合もありうるし、壕は人が入ることによって短期間で著しく劣化するので、情報を何処まで公開するか慎重にならなきゃならない。いや、戦跡保存を第一に考えれば撮影するのも写真を公開するのも持っての他なのかもしれない。

 65年前の惨劇の傷跡が生々しく未だ多く残っているという事を多くの人に知ってもらうのは、平和な未来の実現の為には重要なファクターだと思う。というか物言わぬ戦争証言者「負の遺産」が残っている事すらも忘れられ、ぞんざいな扱いをされて破壊される事だけは避けたいと思う。だけど写真に関する情報を公表できないのでは骨抜きになって、今まで命掛けで撮って来た成果も日の目を見ることが出来ない。

 そこで、具体的な場所以外の情報は思い切って載せてしまうか?それとも最小限の情報を記号化して載せるか悩んでいる。 たとえば、「1945.5.9~30 15MRS3B」と載せれば、日本軍の原文資料で沖縄戦を勉強している人なら、どういう場所か解る筈だしそれに付随した情報も集められる筈である。しかし、日本軍の表記方法をそのままだと、軍寄り、軍国主義的と誤解を招きそうだし、一部の研究者向けの狭い内容になってしまう。

 これはこれで問題だろう。正直、このブログでこんなにジレンマを感じるとは思わなかった次第である。最近は、写真を載せるだけだから、更新スピードが異常に早かったりするのだが...。思い切ってパンドラの箱を開けてしまうべきか?情報は両刀の剣である。良い方にも悪い方にもスパッと良く斬れる。負の遺産は、その上に住んでいる人にとっては負の負担。行政は危険だからと言う理由で埋めようとするかもしれない。
私には、そんな大きなものと戦う力なんてない。負け犬の遠吠えだと思う。今日は飲みなれない酒を飲んで大分酔っているので支離滅裂だ。明日は消去するかも......。

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