沖縄戦跡巡りの旅380

すぎやんま

2009年11月27日 01:37

 



 墓に封印されたもの EOS5DⅡ EF24-105mmF4LIS
 
 那覇在住のとある人のご好意で、ご自身の300年にわたってご先祖様を祀っているお墓の中を見せていただいた。このお墓は、ニービの斜面をくり抜いて掘られたフィンチャー墓で、空き墓でなく今も厨子瓶が並んで収められている。入口を塞ぐ石を前に倒し、木の枝でかき回してハブと遭遇しないように処置してから腹ばいになって中に入った。

 墓の突き当たりは、階段状になっており、遺骨を納めた厨子瓶が並べてある。その後ろに漆黒の闇があった。日本軍が坑道を掘って銃眼にしていたのである。とある人の一家は、沖縄戦当時、北部に疎開していた。日本軍は、持ち主が留守の墓を勝手に暴いて陣地壕に改造していたのだ。坑道は幅90cm高さは1.2mのもので、急ごしらえのものだった。中に入って分かったのだが、総延長は100m以上あり、全部で4つにフィンチャー墓をトーチカとして連携させて火網を形成していたようだった。

 恐らく、シュガーローフやハーフムーンにも似たような形態の壕が掘られていたのではないか?と推測する。これなら、手榴弾や携帯用火炎放射器でやられても奥に逃げられるし、連携した他の銃眼から援護射撃を浴びせる事が出来る。たとえ一つのトーチカの人員が戦死しても地下から補充でき、非常に賢固な陣地として機能したと思われるが、戦闘に使った形跡が無く、一番大きな坑道だけ、多少の銃撃と火炎放射を受けた跡があったのみだった。首里複郭陣地の一角だったと思われるが、米軍の攻撃が北に集中し南部に押し下げられたので、この壕は位置的に戦火を免れたようだった。

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