沖縄戦跡巡りの旅149

すぎやんま

2008年10月28日 00:00




 煤けた陣地壕 EOS5D EF24-105mmF4LIS

 高地は完全に敵の手に落ちた。しかし、我々はその直下十数メートルの構築壕の中に少数ながらも辛うじて健在だ。壕の入口は馬乗攻撃によって完全に破壊され備え付けてあった92式重機関銃などの武器も瓦礫の下に埋もれてしまった。出入り口は落盤によって生じた僅か数十センチの岩の隙間を残すのみである。

 いつしか、我々は完全に夜行性となった。夜になると外に這い出て水を汲みに行ったり、友軍兵士の死体を漁って食料や武器を収拾する。時には「偵察」と称して敵軍が放棄したCレーションやコカコーラ、あるいは缶詰や春画を拾いに行くのである。そして、壕の中で食べてから寝る。武器は一人2発の手榴弾と隊長の拳銃のみ。貧相になったものだ。

 こんな生活を何日も繰り返していると段々大胆になり、高地上に夜襲を仕掛けて食料や武器を強奪に行くようになった。もちろん敵の歩哨や残置兵は皆殺しにする。沢山の戦利品をもって帰って来ると翌日は報復の掃討作戦を受ける。もはや将校も兵もない。その時は怒号が飛び交って敵の投げた手榴弾を受け止めて投げ返す。みんな生きるために必死だ。

 火炎放射兵が出てきたら濡れた毛布を何枚も吊る下げて壕を塞ぎひたすら耐える。黄燐弾を投げ込まれたら股間にタオルを当てて小便を漏らし、それを口にマスクして亜硫酸ガスが薄れるの待つ。ツンと鼻を刺すような小便の臭いも、この時ばかり有難かった。そして工兵爆雷を投げ込まれたら壕の一番奥に逃げて目を押さえ、口を大きく開けて伏せる。強烈な爆風でみな吹き飛ばされ片隅に積み上げられた。しばらくは耳鳴りで何も聞こえない。

 もはや軍袴(ずぼん)の中へ大小便の垂れ流しも普通になった。拾った物だって躊躇わず口に入れる。青虫だって何匹口にしたかわからない。手榴弾の破片が体にめり込んでいない兵士は一人も居ない。自分達が人間である事も忘れかけた今日この頃である。(勝手な想像)

 

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